委員紹介-2

プロフェッション委員 茗原 勉

記憶にはありませんが、小さい頃から両親に3階建ての家を建ててあげると
言っていたそうです。そんな私は電子科の卒業生です。

卒業後、何の躊躇もなく、あこがれの建築の世界へ飛び込みましたが、当時の
業界は封建的で、休日は第一、第三日曜日のみで、友人達は隔週二日制の
はしりで休日がまったくかみ合わず、会う機会の少ない状態でした。
また大工は、十五日、晦日と月二回の給料日があり、現場監督助手の自分は
大工になろうかと、本当に悩み真剣に考えました。

建築のケの字もしらず、まず、この仕事の作業が正しいのかどうなのか、また、
初めて聞く言葉で意味さえ分からず、何も判断できず、これではダメだと一大奮起し、
二度目のチャレンジで、何とか夜間部の大学へ入学出来ました。

会社の理解も頂き、夕方5時頃退社させてもらい、昼間は現場で実務実習、夜間は
学校で実務の予習、復習の繰り返しで、面白いように頭の中に入り、その間、寝る
時間は殆どなく、早くても夜中の二時が当たり前で、四時、徹夜も珍しくないのに
まったく辛いと思った事は一度もなく、それは多分、同じ目標を持った新しい仲間との
巡り合いがそうさせたのかもしれません。

会社では会長が当時、東京都議会議員であり、選挙戦が始まる一ヶ月前から選挙
運動員に駆り出され、期間中は会場の設営、跡片付け、選挙カーの運転手などをし、
当初は選挙運動に来たのではないのにと、かなり反感も持ちましたが、そのお蔭で
道路もかなり覚えました。また、個人演説会場には多くの有名人が弁士として応援に
駆け付け、会えるのも楽しみの一つでした。今、選挙が始まると熱くなるのが、そんな
ところが影響しているのかもしれません。

昭和50年に一身上の都合により富山に帰ってきましたが、東京で仕事を覚えたせいか
不安でたまりませんでした。
二度の会社勤務を経て、58年より独立し、お陰様でまる30年が経ちました。
当時の気持ちを忘れず、今後もオーナーの側に立って考え、共に夢を追いかけ、
喜んでもらえる、そして頼んで良かったと思われる建物を作り続けたいと思っています。

【名  前】 茗原 勉 ( いて座 六白金星 ) A型
【会社名】 (有)茗原建築事務所
【住  所】 〒939-2717 富山市婦中町上田島155番地
【連絡先】 T E L :076-465-4882 /  F A X:076-465-4124
E-mail:miyouhara.k@brown.plala.or.jp

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