令和6年度 第55回富山県建築文化賞建築賞受賞作品

審査総評

今回は一般部門で8点、住宅部門で4点の応募がありました。応募総数は少ないものの、作品レベルは高かったと思います。審査員7名は各々に異なるキャリアで培った見識をもとに作品を評価し、推薦する作品の何に価値を見出したかについて意見交換を行いながら審査を進めました。

1次審査は応募書類で行い、一般部門は8作品中6作品、住宅部門は4作品中2作品が現地審査の対象に選ばれました。現地審査は2日をかけて8作品を見て回り、事業主や設計者との質疑応答も行いました。最終審査会では8作品について意見交換を行った後に、6名の審査員が各作品に点数をつけ、合計点数の最も高い1作品を最優秀作品に、次に高い2作品を優秀作品に選び、さらに2作品を入選作品に選びました。尚、これまでは最優秀作品を特定してきませんでしたが、今回から優秀作品の中で特に優れた作品がある場合は最優秀作品とすることにいたしました。

一般部門の選定においては、選定作品に偏りがないように、建物種別や施設規模・グレード、新築・改修などの違いを意識しながら、どのようなタイプの作品にも入賞のチャンスがあることを重視しました。最優秀賞のSCOP TOYAMAは、老朽化した県職員団地の再生計画ですが、構想から完成までのプロジェクト運営において、高校生を主役にした建築教育として意義深いものがありました。

また、プログラム変更の斬新さ、3棟一体の考え方、団地の構造的特徴の活かし方、手作りの家具・照明器具など、総合的によく検討されていた名作です。優秀賞のオーバード・ホール/中ホールは、景観・全体構成・空間演出・建築技術等のすべてにおいて高いレベルの公共建築です。また、敷地内を貫通するストリートは当エリアに新たな賑わいを生み出す通り抜け広場になっています。もう一つの優秀賞の四〇〇〇〇〇(シジマ)は、1階の酒店を美容院に、2階の個室を部屋単位で貸すシェアオフィスに改修した作品です。外観はそのまま残して街の記憶を継承し、地方都市ならではの極小のシェアの在り方を提示しています。入選の十全化学本社社屋は、医薬原薬の受託製造などを行う会社の本社社屋ですが、今回応募のあった大規模な民間施設の中で設計・施工レベルが最も高い作品として選ばれました。L形平面の周囲を巡るバルコニー下部に設けられた木ルーバーの連続面が魅力ある景観として映りました。住宅部門に入選した富山の家/house in TOYAMAは、父親が18歳まで住んでいた住宅(空き家)を、その子供がゲストハウスに改修し、居住空間としてのファミリーヒストリーを令和の時代に継承しました。民泊としての現代のカジュアルさと昭和の時代の和室の魅力がミックスされた魅力を感じました。

以上、入賞作品のみの審査評になりましたが、応募されたどの作品にも事業主・設計者・施工者のご苦労があったはずです。応募いただいた作品の関係者の皆様にお礼を申し上げます。

【審査委員長 蜂谷 俊雄】

 最優秀賞

SCOP TOYAMA(富山県創業支援センター/創業・移住促進住宅)

撮影:鳥村鋼一

撮影:鳥村鋼一

所在地
富山市蓮町
建築面積
1,529.77m²
延床面積
4,230.99m²
竣工
2022年10月28日
建築主
富山県
設計
㈱仲建築設計スタジオ
(駐車部分外構設計) ㈲建築科学研究所
施工
(富山県創業支援センター 建築、外構)日本海建興㈱
(富山県創業支援センター 電気)㈱ケイ電工
(富山県創業支援センター 空調・その他)㈱日本空調北陸
(富山県創業・移住促進住宅 建築)林建設・竹原工務店共同企業体
(富山県創業・移住促進住宅 給排水・その他)北陸電気工事㈱
(富山県創業・移住促進住宅 電気)㈱新栄電設
(富山県創業・移住促進住宅 外構)林建設㈱
(植栽)㈱飛鳥ガーデン

講評

この施設は、富山県の古い公営団地の3つの住棟を、創業・移住者を対象とした住戸・シェアハウスと、シェアオフィスやチャレンジショップや工房を含む創業支援センターにコンバージョンしたものです。階段室型の住棟に、階段室同士をつなげるように横の動線を取り入れることで、シェアハウスやシェアオフィスの利便性を高めながら、様々な居場所をつくり出しています。さらに、創業支援センターとなる真ん中の棟の南側にコモンテラスやコモンアーケードの外部空間を付加することで、そこで住みながら働く人同士が互いに触発し合い、交流するシーンが展開されています。このように計画された建物により、閑散としていた団地に創業のサポートを起点とした新たな賑わいの場が生み出されているだけでも受賞に値するのですが、特筆すべきはその計画が2017年の建築甲子園にて全国優勝となった富山工業高校の提案がベースとなっている点です。さらに設計段階でも、富山工業高校生が設計者やデザイナーと協同して家具や照明やグラフィックデザインを提案しており、照明に関しては、照明メーカーから商品化されるほど完成度の高いデザインが考案されました。建築甲子園に応募した当時の高校生の想いを、設計者やデザイナー、そして後輩の高校生が引き継ぎ、魅力あふれる施設に具現化するという、前例のない奇跡的なプロセスは、今後も県内外において滅多に見られないという理由で、「SCOP TOYAMA」は審査員の満場一致で最優秀賞に選出されました。

一般部門

優秀賞 オーバード・ホール/中ホール

所在地
富山市牛島町
建築面積
3,529.40m²
延床面積
6840.63m²
竣工
2023年3月31日
建築主
ホールサポート富山㈱
設計
㈱久米設計一級建築士事務所
㈱押田建築設計事務所、有限会社空間創造研究所
㈱隈研吾建築都市設計事務所
施工
佐藤工業㈱ 北陸支店、スター総合建設㈱

講評

富山駅の北口エリアに新たに「中ホール」が誕生しました。富山駅の南北接続を機に活性化が期待される駅北エリアの新たな拠点として、多様な芸術文化に親しみ活動できる場であるだけでなく、地域全体の賑わいを牽引する役割も求められています。整備事業は、市が保有していた敷地全体を、PFIで整備する中ホールの敷地(市有地)と、PFI事業者に払い下げる民間付帯事業の敷地(民有地)に分割しつつも、それらを一体的に整備するという複雑なものでした。ここで最初に課題となるのが敷地分割のあり方ですが、このホールの優れた点は、ホール以前にまずこの敷地計画にあります。県美術館、環水公園、総合体育館などの施設と富山駅を結ぶ中間地点に位置することから、中ホールの敷地と民間付帯事業の敷地境界(の民間側)に幅12mの公共的なストリート空間「キャニオンストリート」を駅から環水公園の方向に設けることで、人々の新たな動線を生み出し、駅北エリア全体の回遊性を高めたことにあります。富山駅高架下にあったアンダーパスを平面化した道路(富山駅南北線)に面していることにも意識が向けられ、ホールの東側・北側・西側の3方向に顔を向けたデザインとし、南側の大ホール(既存)との接続の利便性も図られた優れた動線計画がなされています。また、ホール内の空間構成、ロビー、楽屋、ホワイエ、練習室、その他諸室のレイアウトもよく考えられており、随所に「見る/見られる」の関係性が作り出されていることも利便性だけでない親しみある空間づくりに一役買っています。一方、惜しいのは外観です。金属板に木目をプリントした大量の擬木板を用いる意匠には必然性が感じられません。木の温もりや賑わいを表現するにしても、もっと富山らしく上品な表現があり得たでしょう。場所性や富山らしさを考え抜くよりも特定の意匠表現を表層的に用いることの方が優先されてしまったと感じざるを得ないのです。

優秀賞 四〇〇〇〇〇(shijima)

所在地
富山市八人町
建築面積
114.30m²
延床面積
198.41m²
竣工
2020年6月22日
建築主
前田薬品工業㈱The Spa by Taroma、dim.㈱GEN風景、mapa、オニヅカセッケイブ
設計
オニヅカセッケイブ
施工
㈱GEN風景

講評

トラムの走る通りからほど近い富山市のまちなかにある、もと酒販店をリノベーションした木造二階建ての建物。仕事の縁で集まった若者たちが店舗や事務所を構えています。1階のメイン通り沿いに美容室、路地を通った裏手にエステ、2階に工務店と設計事務所があります。
1階の大部分を占めるのは夫婦で営む美容室。広い間口を生かし、まちに開かれたフリースペースとしても使えるエントランス空間、一段上がって、待合、受付、カットスペース、奥の庭園へと徐々にプライベート性が増すようデザインされています。時を経た建物の趣を残しつつ、機能的かつモダンな内装で、凛とした爽快感が漂います。印象的だったのは可動式の両面鏡。鏡越しにまちの気配を感じつつスタイリングしてもらう背景に映るのは静かな日本庭園。小物や衣類、絵なども販売しており、店内にあるすべてのものからおふたりの感性や美学が垣間見えました。高揚と静寂を一度に味わえる、深い癒しの空間です。

隣接する建物との間にある小路のつきあたりの扉を開けると、薬品会社が運営する完全予約制エステが。限られたスペースながら、縦のラインを強調するデザインで圧迫感が抑えられ、エゴマを漉き込んだ和紙と間接照明が居心地のよい施術空間となっています。
小路にあるもうひとつの扉を開けると2階へつながる階段が。ここがシェアオフィスの入口となっています。改築費用を抑えるため2階はほぼ元の間取りのまま。3社分のオフィス空間と、共有の会議室・キッチンがあり、今はこの建物をデザインした設計事務所と、施工した工務店が入っています。以前はまた別の建築事務所も入っていたそうで、若手建築者らの「トキワ荘」的な雰囲気が漂っていました。
家賃は占用面積に応じ入居者で割り勘。この場所が気に入った人々が主体となり、コストやリスクを分割させる改築提案を直接家主に持ち掛け、このような大規模な活用をやりきってしまったセンスと実行力、そして今は希薄になりつつある長屋的な人間関係に、とてもわくわくしました。
リノベーションの最大の魅力は、時代を越えた建物の佇まいや趣をベースに新たなデザインや機能を付加し、より深い体験空間へと拡張できることだと思います。しかし、もとの建物が大きければ大きいほど、初期費用や開設までの工期がかさみますから、独立・起業したての人にとっては、一軒を丸ごとリノベーションというのはかなりのハードルでしょう。持ち家率や延床面積が全国トップクラスの富山県。立派すぎて活用しづらい空き家が増えるなか、つながりとセンスで新たな息吹を与える素晴らしいプロジェクトだと感じます。

入選 十全化学本社社屋

所在地
富山市木場町
建築面積
578.80m²
延床面積
1,885.24m²
竣工
2023年3月6日
建築主
十全化学㈱
設計
㈱キー・オペレーション一級建築士事務所
㈱パーク・コーポレーション
施工
日本海建興㈱

講評

十全化学は、1950年に創業された医薬原薬の受託製造などを行っている企業です。富岩運河環水公園近くに位置する工業団地に4つの工場棟、研究棟等を擁していましたが、将来の事業展開のために散らばっていた事務機能、会議室、食堂を集約した新社屋が2023年3月に完成しました。
新社屋の建設は、各部署から年齢性別の異なる多様な社員が集まるワークショップを立ち上げ、新しい働き方のモデルを考えることから始まりました。議論の結果、様々な部門の社員が自由な交流を大切にしていること、その一方で個人が集中して作業できる場も必要であることを認識したとのことです。
そのため新社屋は「集中」・「交流」とその「切り替え」ができるようゾーニングされており、各階のラウンジが交流又は自習の場として機能しています。特に4階のルーフテラスは、立山を眺望しながら、社内外の交流ができる場となっています。
敷地は神通川に近接しており、浸水対策として1階をピロティとしていますが、ここに薬になる木々や草花を植えることで、医薬業の原点に立ち返るとともに、隣接する公園との一体的な自然空間を実現することができました。
ひときわ目を引くのは、各階のバルコニー天井の木製ルーバーです。バルコニーは社員のリフレッシュ空間であるとともに、ペリメーターゾーンの環境調整装置としても機能しています。
また、この木製ルーバーは、そのまま内部の天井全体に連なっており、オフィスに自然で温かみのある空間を提供しています。
正面から見上げたこの外観は、自然と一体化したご神木であるかのように、私には感じられました。

 

住宅部門

入選 富山の家/house in TOYAMA

撮影:長谷川健太

撮影:長谷川健太

所在地
富山市
建築面積
109.20m²
延床面積
141.70m²
竣工
2023年3月31日
建築主
宮下 憲
設計
NYAWA
施工
江嵜建築

講評

閑静な住宅街の中にある既存住宅を、その存在はなるべく残しながらも大胆に改変し、民泊とカフェとして提供しようという挑戦的な取り組みです。取組自体のユニークさもありますが、特にローコストながらこれまでの住宅のたたずまいの断片を建築内にちりばめる形は、改修設計の一つのモデルケースと考えても良いと思います。思い切った床高さの変更や、既存欄間付き和室を残していること、更には外部的なしつらえを内部に取り込むなど、住宅では行えないような挑戦を、外国人もよく利用する民泊という新しい用途を与えることで実現しています。これは、今後も間違いなく増え続ける一般的でありふれた住宅に新しい役割を与える実験的な試みと言えるでしょう。この取り組みがどの程度成功するかは今後を見なければなりませんが、日本社会に対する一つの提案として意味があるものだと考えます。