審査総評
審査にコストをどう反映させるか、に悩むことがあります。審査の過程では、どれだけ考えつくして具現化しているか、という観点で作品を理解しようとします。作品に呈示された解答が顕在化しているか、です。この手があったか、と手を叩いて納得できる理性的感動を期待しています。過去の経験が新たな感動を求めがちですが、建築物に求められる解答は無数の課題に対して大小さまざまですから、新たな感動が尽きることはありませんし、作品への要求が高くなりすぎることもないと考えます。理性的感動は解答に費やしたコストに関係なく発現されると思われます。作品ごとの異なる解答による感動とコストの関係性を整理して審査に反映するまでには至っていません。
とはいえ、作品に対峙して、これだけの予算を費やしているので、もっと解答を出してほしい、と思うこともあります。逆に、コストが低いのでこれくらいでいいでしょう、という評価はあり得ません。ここら辺りが悩ましいところです。結局のところ、先に書いたように考えつくした痕跡が明確に呈示されている建築物が、コストに関係なく高い評価を得ることになります。
日ごろの研鑽の成果ということでしょうが、どこかで遭遇した場面の組み合わせによる解答が気になりました。全体の統一感をちょっと引いて見渡す時間が必要だと思います。また、地元の材料や技術を利用して欲しいと強く思いますが、現地審査で、解答のおさまりに目を向けたとき、感動にブレーキのかかることがあります。材料や施工にも考え抜いた出来栄えを求めるからです。
一般部門では、建築物の完成度のみならず、将来の社会への貢献ということにも触れました。雇用の創出やまちの活性に寄与できる可能性について評価しました。
住宅部門では、車と雪が避けられない富山の暮らしに一石を投じた住宅、アプローチや室内の光の様子・中庭に開かれた窓・室内空間の心地よい場面をバランスよく構成した住宅、施主の意向に沿った空間を木質材料の個性的な利用により実現した住宅、を評価しました。
富山のこんな職場で働いてみよう、富山のこんな住宅に住みたい、こんな環境の富山で生活しよう、という思いを誘発する建築の役割にも今後ますます注目されることでしょう。
【審査委員長 秦 正徳】
一般部門
優秀賞 日本カーバイド工業研究開発センター
- 所在地
- 滑川市大島530
- 建築面積
- 新設部分 2,484.82m²
- 延床面積
- 新設部分 6,148.13m²
- 竣工
- 平成28年10月31日
- 建築主
- 日本カーバイド工業(株)
- 設計
- 鹿島建設(株)建築設計本部
- 施工
- 鹿島建設(株)北陸支店
講評
日本カーバイド工業研究開発センターは、立山連峰から富山湾に注ぐ早月川の扇状地にあり、源流の剣岳と湾を隔てた能登の鉢伏山を結ぶ線に建築軸が重なっています。80年前に豊富な電力を求めて創業された地に、全国に分散していた研究開発部門が集約されました。各部門は分節されつつ軸線上の大きな吹き抜けによって統合され、視線の交感とともに絶えず背後の剱岳が意識できます。両軸端で、会議の場の透明性が山と海の風景を貫入させています。
南西側3層の事務室では、光、音、熱、ITの設備環境が快適な業務を保証し、その天井の形状は光と音に適応しつつ山の端や青海波を想起させ、吹き抜け頂部に達して一体感を呈しています。そこでは自然光は心地よく和らげられていますが、裏方のサッシュが隙間から僅かに見えます。北東側の分析・測定室の機能を集約したメカニカルバルコニーの外観は、もっと特徴的なものとなっていてもよかったのではないでしょうか。東角部の女性休憩室からは見事に剱岳が望めますが、男性陣には羨ましいでしょう。
全体の粗削りのフォルムや色合い、堅固さを抑えた建築的佇まいにカーバイドの素材感が感じられることは、社名が変えられなかったことにも繋がる創業以来のアイデンティティの表現ではないでしょうか。庭園や犬走りに使われている掘削で出たゴロタ石や、仰ぎ見える剱岳の岩肌までもが、山と海を結ぶ琴線状の地霊を感じさせる富山らしい建築です。
優秀賞 宇奈月温泉総湯
- 所在地
- 黒部市宇奈月温泉256-11
- 建築面積
- 332.36m²
- 延床面積
- 1,092.96m²
- 竣工
- 平成28年4月8日
- 建築主
- 黒部市
- 設計
- (株)ofa (有)桃李舎 (有)知久設備計画研究所
- 施工
- 大高建設・音沢土建JV 吉枝工業・富山管工JV 北陸電気工事(株)新川支店
講評
本施設に最初に関わったのが設計者選定プロポーザルの審査会でした。その要項には温泉地の賑わいの拠点となることを期待する地元の夢が込められ、同時に狭小な敷地が指定されていました。この広さの中で求められるプログラムを如何にコンパクトに集約し魅力を出すかが設計者に課されたテーマでした。その解答として、1階には温泉街に開かれた賑わい空間を配し、建具を開放すれば街に全開し通り抜けできる交流ゾーンを設定し、2~3階には閉鎖的になりがちな浴室機能を配し、木製ボックスが浮いているように見せています。
建築のつくりかたとして、デザインの密度や材料の納まりなどにレベルの高さを感じました。特に構造の鉄骨が全体意匠の構成の中で効果的に表現されています。また、狭小な敷地での落雪を考えれば陸屋根とすることが合理的ですが、屋根に勾配をもたせることで温泉地の景観に馴染ませ、これを技術的に解決する落雪させない屋根断面の工夫もなされています。外観ではスケール感や材質感において好印象をもちました。
ただし、表通りに面する格子サッシュシュ面と内側の木製壁面の二重性がファサード表現のメインテーマになり得るところでしたが、敷地の狭小さのために離隔距離がとれず、その特徴が有効に感じ取れなかったことが残念でした。建築賞を与える作品は設計レベルが高いことが条件になると思いますが、今回の審査では本作品が最も高いレベルにあったと評価します。
住宅部門
優秀賞 Parking garden&House 0
- 所在地
- 射水市二口
- 建築面積
- 136.79m²
- 延床面積
- 118.61m²
- 竣工
- 平成28年8月6日
- 建築主
- 辻口 智也
- 設計
- 根塚建築設計事務所
- 施工
- 根塚工務店
講評
本作品の写真や図面を1次審査で拝見した時には、駐車場に大きな屋根をかけて駐車場以外にも使えるという平凡なテーマで、建築のつくり方も「ヤンチャ」な印象に映りました。ただし、この「ヤンチャさ」に気になるものがあり、現地審査の対象になりました。現地審査での設計者の説明は、屋根付き駐車場の楽しみ方や住宅の各部の使い方の面白さでした。
設計者の住宅に夢を託した物語を聞きながら内外観を見渡しているうちに、建築の理想形とは何かという社会の常識的認識とは異なる世界で建築をイメージされていると感じました。設計には百点の解答はなく、建築が建つ時代背景を前提に評価すべきものです。ここには住宅を巧みな納まりや材料使いで美しく見せようという気配はなく、むしろ各場所をどのように形成することで、どのような出来事が生まれ、人々はそれを如何に楽しむかという発想が最優先にあります。例えば、図面を見て思った玄関からいきなり登る幅が広すぎる階段なども、空間体験と設計者の説明でその意図がわかりました。社会の価値観が変化し、その時代に育った若い世代が活躍される時代がきたようです。
社会の価値観を反映した建築界の潮流の変化は二十年単位で過去を振り返るとわかり易いです。建築家が劇的な形態や空間を目指した時代から、人々の活動をテーマとした魅力的な場の形成を模索する時代になっています。本作品を見ながらこのようなことを思いました。
入選 素の住まい
- 所在地
- 富山市黒崎
- 建築面積
- 53.83m²
- 延床面積
- 96.60m²
- 竣工
- 平成28年9月1日
- 建築主
- 北野 陽一
- 設計
- 一級建築士事務所水野行偉建築設計事務所
- 施工
- (有)穴田工務店
講評
ちょっとハッとするカタチ。スリムな家型の箱。迎え入れてくれるような姿と佇まいが印象的です。長手方向に進むと日本庭園を共有しながら、奥には親世帯の住まいがあります。その親世帯側からの眺めとしても、庭の背景としても、広い敷地の中に良い位置を得ました。
ほぼワンルームで設備に至るまで徹底したスケルトン。内部のプロポーションが美しいです。この「素」極まる空間とプランと素材感は、依頼主の希望でもあり、設計者の得意とするテイストです。小さな住まいのスタンダードになるのではないでしょうか。
高い基礎コンクリートの厚みと呼応するかのような、木層壁の重厚な存在が象徴的です。軽快な鉄筋のテンションで、屋根裏からの家型フレームが、スッキリと現しになっています。軽やかさと重厚感との絶妙なバランスが、この空間の思想を作り上げているのだと思います。
どの開口部も、位置や光の角度が緻密に計算されてのリズミカルです。光を様々にそして繊細にコントロールしているのが感じられます。特に9つに仕切られた正方形の大窓には、箱形の庇が付けられていて、意匠的にシンボリックなだけではなく、取り込まれる豊かな光を穏やかにしていました。もちろん窓からの眺めも、緑豊かなところを切り取り、絵となります。
様々な依頼主の要望に、独特なカタチで応えるユニークなチカラ。
潔く飄々とした挑戦を感じました♪
入選 けやき通りの家
- 所在地
- 富山市新根塚町
- 建築面積
- 97.63m²
- 延床面積
- 151.38m²
- 竣工
- 平成26年10月24日
- 建築主
- 佐々木 英富
- 設計
- 深山知子一級建築士事務所・アトリエレトノ
- 施工
- (株)洞口
講評
この家の敷地は、南側と西側の2面が道路に面しており、西側は街路樹の立ち並ぶ“けやき通り”という幹線道路です。
外壁は、ダークブラウンの落ち着いた色調で、街路樹の緑にも調和しており、また、ほぼ正方形に近いプランの2階建てで、深い軒が安定感を与える外観となっています。
エントランスは、南側道路と塀で隔てられ、周辺の喧騒とは別空間のようなコリドー(幅約4尺×長さ約3間の路地状通路)で静かに玄関へと導かれます。
1階のダイニングキッチンは、南側にはプライバシー確保を重視して開口部を設けず、東向きに大きな開口部を設けて採光を確保し、3枚の引戸すべてを側壁内に引込むことにより中庭との一体感が得られるようになっています。この一体感が、より自然を意識し、心が癒されることになります。
塀は米杉の縦張りとし、ダイニングキッチンから中庭を眺めたときに、緑を際立たせる効果をより高めています。
また、2階のヴォイド外周部の床部分に設けた開口部から天井のルーバーを通して射し込んでくる光が程よく調節され、ダイニングキッチンにさまざまな表情を与える計画となっています。
2階の南西角にある和室には、外壁側に開口部を設けず、西日を避け、屋上テラス越しに柔らかい光が入るように配慮されています。
随所に木の仕上げを用い、光が美しいしつらえを演出し、自然との一体感が得られるなど、多くの魅力が感じられる、誰もが住みたいと思う家です。