砺波支部青年女性一泊研修旅行 ~1日目~

平成22年12月11日(土)、12日(日)の二日間に渡って、
建築士会砺波支部青年女性一泊研修旅行が行われました。
当青年部会(県青年部会)交流委員長の長島さんは、所属する砺波支部
において青年部会長を務めていらっしゃいます。
その関係もありまして、長島さんより私たちにも声を掛けていただき、
県青年部会より小澤さんと私荒井で参加してまいりました。
本当は小山部会長も参加される予定でしたが、仕事の関係で急遽不参加に。
小山さんが一番楽しみにされていたような感じだったのに本当に残念です・・・。
ということで小山部会長への報告も兼ねまして書き綴る事と致しましょう
当日の参加者は・・・
<砺波支部> 
長島さんファミリー(本人+奥さん+娘さん×2)
南部さんファミリー(本人+奥さん+娘さん×2+息子さん)
<女性部会>
中村さん
<県青年部会>
小澤さんファミリー(本人+奥さん+娘さん)
荒井ファミリー(本人+奥さん)
というような顔ぶれ。
そう、ご覧の通りこの旅行は家族参加多数となっておりまして、
事業趣旨として「家族参加による部会員に対する家族の協力意識の向上や家族間相互の交流」
を掲げている研修旅行なのでした。
さて、せっかくなので写真盛りだくさんで参りましょう♪
ということでブログは2部構成。
まずは1日目から!
みんなでバスに乗り込んで、「犬島」へ向けて出発
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この旅行を盛り上げてくれたのは、何と言っても子供たち
長島さん、南部さん、小澤さんのお子さん達は、みんないい子たちで元気いっぱい
行きのバスの中で、すぐに仲良くなってカラオケ大会
そのおかげで、大人も含めてみんな一気に仲良しムードに
バスは東海北陸道をひた走り、関SAにて昼食を済ませ、
13:00過ぎ頃に愛知県犬山市へ到着。
最初の目的は国宝4城のひとつ「犬山城」の見学。
駐車場に着くと、お城へ向けてみんなで徒歩移動です。
子供たちはワキアイアイとお城へ向けて歩いています
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途中で見かけた鳥居。
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同じ形態のフレームの連続・・・何だか惹かれてしまいます。
ながーい石段をのぼって行きます。
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まだ紅葉が見られました
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しばらくのぼると門が見えてきました。
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ここで入場券を購入し、お城へ向かいます。
いきなりどーんとお城があるのではなくて、このように様々な体験をしながら辿り着くと、
気持ちの高揚が徐々に増していき、ワクワク感が倍増。
その建物の価値自体もぐーんとアップするような気がします。
建築への「アプローチ空間」の重要性を改めて感じました。
門をくぐると、ついにお城が見えてきました!
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お城の周りの公園では、なんと桜が咲いていました
「桜と犬山城」というタイトルでパシャリ
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この桜は「四季桜」で、4月上旬頃と10月末頃の年二回開花するそうです。
紅葉と桜を同時に見られるなんて不思議な感じでした。
旅行と言えば記念撮影。
お城をバックにみんなでピース
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さて、いよいよお城に入って行きます・・・
急勾配の階段・模型・最上階からの眺めなどなど・・・ダイジェスト版でどうぞ!
(写真をクリックすると拡大できます)
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最上階4階の外部回廊(バルコニーのようなもの)から城下を見下ろすと城主の気分♪
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回廊の床は外に向かって斜めになっていて(水勾配?)、手すりも低く、結構怖かったです
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そういえば、長島さんが城が欲しいと言っていました。
いずれ「新・富山城」が建設されるやもしれません(笑)
頑張って年末ジャンボを当てましょう
この図は明治維新前の犬山城の様子。
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川沿いの小高い丘状地に築かれている様子がよく分かります。
ここでちょっと犬山城の沿革を。
犬山城は、天文6年(1537年)に織田信長の叔父にあたる織田与次郎信康によって造られました。
その後何代も城主が代わりましたが、関ヶ原の合戦の頃を中心に、城郭は整備されていきました。
江戸時代になり、尾張藩の付家老・成瀬隼人正正成が城主となってからは、成瀬家が代々うけついで
明治にいたりました。
明治4年(1871年)の廃藩置県で廃城となり、櫓や城門など天守閣を除く建物はほとんど取り壊され
てしまいました。
濃尾震災や伊勢台風で被害を受けましたが、その都度修理を行い、昭和10年「国宝」に、昭和27年
規則改正にともない改めて「国宝」に指定されました。
国宝4城(犬山城・彦根城・姫路城・松本城)のなかで最も古い城です。
ちなみに「白帝城」という別名の由来は・・・
木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」
(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠が命名したと伝えられています。
かなり急な階段、力強く美しい木組み、強固な基礎・土台などなど
木造天守閣をしっかり楽しみました♪
さて、次に向かったのは「有楽苑」。
一番の目的は「国宝茶室 如庵」です。
場所は名鉄犬山ホテルの敷地内ということで、犬山城から近いので、
みんなで歩いて向かいました。
如庵は、茶の湯の創世期に尾張の国が生んだ大茶匠・織田有楽斎が建てた茶室で、
昭和11年に国宝の指定をうけた茶道文化史上貴重な遺構です。
京都山崎妙喜庵内の待庵、大徳寺龍光院内の密庵とともに、現存する国宝茶席3名席の1つです。
織田有楽斎は信長の実弟として天文16年(1547)に生まれました。波瀾に富んだ人生を送った彼は
有楽の生涯を写すがごとく茶室如庵は各地を点々としましたが、昭和47年に犬山城下の佳境の地に
移築され、「有楽苑」と名付けられました。
入場券購入中に、小澤さんの娘さんみーちゃんはちょっと休憩。
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長島さん・南部さんの娘さんたちに妹のように可愛がられていました
黄色の長靴がファッションポイントなんです
入場券とお茶券を購入して、苑内へ向かいます。
趣のある砂利道が導いてくれます。
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砂利道沿いに見つけた草花たち。
(写真をクリックすると拡大できます)
ブログ用
茅葺屋根が立派な「岩栖門」が迎えてくれます。
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雁行する石の小道が空間に遊びと奥行を与えていると感じ、心惹かれました
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苑内では旧正伝院書院(重要文化財)など、有楽斎関連のたてものを見学。
(建物内部は平常非公開となっており残念・・・)
(写真をクリックすると拡大できます)
ブログ用2
そして、いよいよ「如庵」へ辿り着きました。
しばしその佇まいに見とれていました。
(写真をクリックすると拡大できます)
ブログ用3
一番印象深かったのは、地面から軒先までの高さ寸法。
訪れる人を、優しくも品良く招き入れるような、極めて身体的な寸法。
測ってみると2,100mm。
うーん、いいですね。
竹の雨どいが良い味を出していました。
竹がもう少し古美ていれば良かったかな?
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こどもの城に付けたいなぁ(笑)
しかし残念だったのは、内部は撮影禁止&入場禁止だったこと・・・。
茶室は中に入って、その天井高さや仕上げ、障子から入ってくる淡い自然光などを
体感しないと、本当の良さは分からないと思いますので・・・
そして最後に、お茶いただきに「元庵」という茶室へ。
「元庵」は、有楽斎が大阪天満に屋敷を構えていたころに建てられた茶室を古図に従って
復元新築したものです。この茶室もかつては如庵と呼ばれていたもので、元庵の名は新たに
表千家13代家元即中斎宗匠によって命名されたものです。
三畳台目の茶室内部は奥に深い間取りで、亭主床と呼ばれる床構えになっています。
薄暗くも趣のある明かりの中でおいしい茶菓子とお茶をいただきました
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いつもおそろいの服で仲良しの長島姉妹です。
お茶はちょっと苦かったかな?
ここでは掲載してない茶菓子などの良い写真が、旅行をご一緒した女性部会の中村さんのHP
に掲載されていますので、是非ご覧下さいませ。→こちらからどうぞ
数々の建築を堪能した一行は、宿泊先「長良川温泉ホテルパーク」を目指して
来た道を岐阜県へ向けて戻ります。
ホテルについたのは17:30頃。
建物は長良川沿いに建ち、露天風呂からはライトアップされた岐阜城が眺められると言う
なんとも素晴らしい立地でした。
食事まで時間があったので、すかさず温泉へ!
気持ちよーくなった後はみんなで食事です。
海の幸・山の幸ありの食事もとてもおいしかったですよ
小澤さんの差し入れ「サス昆布絞め」もとっても美味しかったです♪
砺波の方では「ザス」というそうです(長島さん談)
呉東の方、ご存知でしたか?
さてさて、子供たちと長島さんが暴れまわっているという何とも楽しく賑やかな
宴会も終了し、その後はゆっくりと部屋飲み。
ゆったりとした時間が流れ、夜は更けていったのでした・・・。
翌朝の6時頃にお風呂に入りに行ったのですが、露天風呂からは
明け方の山の稜線が非常に美しく見えました。
なんとも贅沢なひとときでした。
実は、ホテルでの写真が一枚もありません。
すっかりクツロギモードになってしまっていたようです・・・
ということで非常に盛りだくさんの一日目は終了。
二日目へ続きます・・・。
荒井

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